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 上巻 第4巻 天つ巻 第十二帖より(p98)
 遠くて近きは男女だけでないぞ、神と人、天と地、親と子、喰べる物も遠くて近きがよいのざぞ、
 上巻 第8巻 磐戸の巻 第十帖より(p204)
 家の中が治まらんのは女にメグリあるからぞ、このことよく気付けておくぞ、村も国々も同様ぞ。女のメグリはコワイのざぞ。
 上巻 第17巻 二日ん(ジシン)の巻 第十八帖より(p456)
 生前は生後であり、死後はまた生前であって、春秋日月の用をくりかえしつつ弥栄えている。従って、霊界に住む霊人たちも、両性に区別することができる。陽人と、陰人とである。陽人は、陰人のために存在し、陰人は、陽人のために存在する。太陽は、太陰によりて弥栄え、太陰は太陽によりて命し歓喜するのである。この二者は、絶えず結ばれ、また絶えず反している。故に、二は一となり、三を生み出すのである。これを愛と信の結合、または結婚とも称えらている。
 下巻 第24巻 黄金の巻 第七十二帖(p47)
 世界の人民皆改心せよと申すのぞ。どんなめぐりある金でも持って居ればよいように思うて御座るなれど、めぐりある金はめぐりそのものと判らんか。家の治まらんのは女が出るからぞ。夫立てると果報は女に来るぞ。天界に住む者は一人ひとりは力弱いが和すから無敵ぞ。幽界に住む者は一人ひとりは力強いが孤立するから弱いのぞ。仲よう和してやれと申す道理判りたか。そなたは何万年の原因から生れ出た結果であるぞ。不足申すでないぞ。
 下巻 第24巻 黄金の巻 第八十五帖より(p55〜56)
 神界の乱れ、イロからじゃともうしてあろう。男女関係が世の乱れの因であるぞ。お互いに魂のとりやりであるぞ。この世ばかりでなく、あの世まで続くのであるから、くどう気つけておくぞ。
 下巻 第24巻 黄金の巻 第九十九帖(p64)
 内にあるもの変へれば外からうつるもの、響いて来るもの変わって来るぞ。内が外へ、外が内へ響くのじゃ。妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ。信仰の真の道ひらけるぞ。一皮むけるぞ。岩戸ひらけるぞ。不二晴れるぞ。
 下巻 第27巻 春の巻 第二十五帖より(p131)
 出足の港は二二の理(みち)からじゃと申してあろう。真理と申してあろう。これが乱れると世が乱れるぞ。神界の乱れイロからじゃと申してあろう。男女の道正されん限り、世界はちっともよくはならんぞ。今の世のさま見て、早う改心、結構いたしくれよ。和は力ぞ。
 下巻 第27巻 春の巻 第二十六帖より(p131)
 愛は養はねばならん。夫婦はいのちがけで、お互いにきづき合わねばならんぞ。夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ。生み出すのじゃ。つくり出すのじゃ。そこに尊さあるぞ。喜びあるぞ。左には宗教、右には芸術。
 下巻 第27巻 春の巻 第二十八帖(p132)
 親子、夫婦、兄弟姉妹と生れても逆縁あるぞ。カタキ同士結ばれることあるぞ。それは神の大き恵みぞ。それに打ちかって、新しき命生み出してつかへまつれ。体験ないところ宗教はない。
 下巻 第27巻 春の巻 第三十一帖より(p134)
 今の自分の環境がどんなであろうと、それは事実であるぞ。境遇に不足申すなよ。現在を足場として境遇を美化し、善化してすすめ。其処にこそ神の光、よろこび現れるのじゃ。逃げ道つくれば迷ひの道に入るぞ。楽に得たもの、楽に失う。
 下巻 五十黙示録 第2巻 碧玉之巻 第七帖より(p212)
 男から女は生れんぞ、奇数から偶数は生れんと申してあろうが、一つのものゝ表が男であるぞ、裏が女であるぞ、男から女をつくったと申すのは或時期に於ける教じゃ、岩戸がひらけたのであるから教ではならん、道でなくてはならんと申してあるぞ、道は永遠じゃ、
 下巻 五十黙示録 第5巻 極め之巻 第六帖(p256)
 和すには」5と5でなくてはならんが、陽が中、陰が外であるぞ、天が主で地が従ぞ、男が上、女が下、これが正しき和ぞ、さかさまならん、これが公平と申すものじゃ、陰と陰と、陽と陽と和しても陰じゃ、陽と陰と和して始めて新しき陽が生れる、陽が本質的なもの、この和し方がはらひきよめ。
 下巻 五十黙示録 第5巻 極め之巻 第二十帖(p263)
 廻りくどいようなれどとつぎの道から改めなされよ、出舟の港は夫婦からじゃと申してあろう、ミトノマグハヒでなければ正しき秩序は生れんぞ、
 下巻 ひふみ神示(補巻) 月光の巻 第三十八帖より(p322)
 はじめの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。何れも大きな驚きであろうがな。これは和すことによって起こるのぞ。とけ合ふことによって喜びとなるのじゃ。よろこびは神じゃ。和さねば苦となるぞ。かなしみとなるぞ。
 下巻 ひふみ神示(補巻) 月光の巻 第五十二帖より(p333)
 同じもの同士では和ではない。違ったものが和すことによって新しきものを生むのであるぞ。奇数と偶数を合わせて、新しき奇数を生み出すのであるぞ。それがまことの和であり清めであるぞ。善は悪と、陰は陽と和すことじゃ。和すには同じあり方で、たとえば五と五との立場で和すのであるが、位においては陽が中心であり、陰が外でなければならん。天が主であり地が従でなければならん。男が上で女が下じゃ、これが和の正しきあり方ぞ。さかさまならん。これを公平と申すぞ。


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タイトル   説明書き
「月の光」  2004年現在、建替え建直しの真っ最中。5度の岩戸閉めを一度に岩戸開きをする神仕組み。この大嵐のなか、愛と希望の船に乗って無事光の岸に辿り着けるように、家族で聖地である日本の神社を周っています。
 また千引の岩戸が、出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の麓で開けられたことも、記録しています(千引の岩戸開き)。
 「月の光」で扱う流れにないテーマをそれぞれ独立したホームページとして独立させました。
 本サイト
「めをとBooks」もその中の一つです。



『ひふみ神示』からの引用
男女関係・夫婦関係に焦点を当てて